アジア・オセアニアラオス

癒しの国ラオスの旅 その6.ルアンパバーン発トレッキングツアー1日目

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前日にツアー予約

日本を出発するまで、Green Discoveryと何度がやり取りしていましたが、人が集まらず、一人でも行けないことはないけど、100ドル超えるし、一人で行くのも・・・という感じで、人が集まらないんだったら、自力で、ノーンキヤウに行こうと思っていました。

ルアンパバーンの宿に主人に「少数民族の村に訪れるツアーに参加したいんだけど…」と言うと、Tiger Trailを薦めてくれた。ルアンパバーンのメインストリート サッカリン通りにTiger Trailはある。そこでツアーを見ると、1日目は少数民族の村を回って、翌日は、カヤックというプランがあった。既に4人申し込んでいるし、翌日は、天気予報では雨だったので、どうせ濡れるなら、ウォータースポーツをしようと思っていたので、なかなかいいプランだった。一応、Green Discoveryにも聞きに行った。人数が集まっていないだろうと思っていると、表の看板に1名予約となっていた。内容を一応聞いたけど、もう一人の予約者が男性か女性かもわからなかったので、Tiger Trailのプラン 「Trek,Kayak & Homestay(TF-2)」に申し込みました。ツアー内容は、カム(Khmu)族の村→モン(Hmong)族の村→違うカム族の村(Hoify)、そしてそこでホームステイし、翌朝、少しトレッキングした後、セー滝に行き、その後、カヤックをするツアーです。

当日は、8:30スタートの10分前に集合

サッカリン通りをずっとまっすぐ、西に行った噴水の前のTiger Trail garageというところが集合場所でした。結構遠かったです。前日に集合場所を調べに行っていて、良かったです。 8:35に他のツアーのツアー客と一緒に、Tiger Trail Departure Campまで、トゥクトゥクで移動。9:12到着した。ラオス トレッキングツアー

ここは、Elephant Tourの終着点にもなっているようで、象に乗った観光客が戻ってきていた。ラオス トレッキングツアー

私たちは船に乗り、少し進み、対岸に渡ったところが、トレッキングの出発点になった。ラオス トレッキングツアー

本日は、6時間のトレッキング。早ければ5時間の時もあるし、遅ければ7時間かかるとのこと。私が参加したツアーは、スイスからきた4人家族におじゃまする形になった。ガイドは30歳のソンさん。

とうもろこしや茄子畑の間を通る。前を進んでいる象の家族の赤ちゃん象が歩くのが遅く、象渋滞でした。ラオス トレッキングツアー

ラオス トレッキングツアー

田んぼは、収穫時期でなく、きれいなライステラスは見れませんでした。畑にしろ、田んぼにしろ、柵がされていました。ラオス トレッキングツアー

チークの木の間を通ったり・・・、ラオス トレッキングツアー

蜂の巣ために木に階段をつけていたり・・・、ラオス トレッキングツアー

マホガニーの木(確か1平方メートル 12ミリオンkipsって言っていたかな?)の説明があったりしました。ラオス トレッキングツアー

カム族の村に到着

10時30分に到着。ここで、10分ほど休憩。ラオス トレッキングツアー

73ファミリー 人口300人の村。主な産業は稲作。今の季節は、とうもろこしや胡麻。豚や牛を売ってお金を稼いでいるらしい。ローカルランゲージなので、ガイドのソンさんもわからないらしい。そんな説明を5分ほど聞く。民族衣装を着ている人とかいると思ったけど、普通の服だった。車乗り入れ可の村だった。パラボラアンテナも見かけた。ラオス トレッキングツアー

ラオス トレッキングツアー

10時45分、再び歩き始めた。少し急なところもありました。ラオス トレッキングツアー

ラオス トレッキングツアー

スイス人なんですが、さすが山登りに慣れているし、おまけに足が長くて、ガイドさんを抜かして歩いていくことも・・・。ツアーデスクでメンバーは男性?とかそういう聞き方をしたが、どこの国の人かを聞けば良かった・・・。早いよー。

モン族の村に到着

11時40分。第2の村に到着。ラオス モン族の村

ここでお昼ご飯を食べた。ラオス トレッキングツアー

お昼はパットラオ、タイでいうパッタイでした。食後のデザートはりんごでした。ラオス トレッキングツアー

モン族の村には、数軒の家しか建っていませんでした。雑貨を並べてお店を開いていたが、買える代物は無かった。 モン族は10年、20年で移動(焼畑農業で、土地が痩せたら移動)して行くらしい。政府は定住させるため、3haまたは5ha土地を貸し出しているとのこと。私たちが出発した後、テーブルの上に残したペットボトルを急いで取りに行っていたので、ペットボトルを置いて帰れば良かったのかなあ?と思ってしまった。40分ほど滞在した。ラオス トレッキングツアー

ロッククライマーが喜びそうな切り立った山々の間を歩く。途中で、薬草になる草の説明などを聞いた。赤い土は、妊娠した女性が食べるのだとか、歯を強くするため?なのか? みんが掘るのでどんどん穴が大きくなっていた。ガイドのソンさんも村の出身なので、現地の生活に詳しい。ラオス トレッキング

ラオス トレッキングツアー

一度眺め良いところに出てきた時に、「今日の最終目的地はどこ?」と聞いたら見えないと言われてしまった。そして、再び眺めの広いところに出た時に、「あそこのBuildingがあるところが最終目的地」と教えてもらったけど、建物もほぼ見えない…。ひえ~。ここでみんなで記念撮影をした。ラオス トレッキングツアー

本日の宿泊地カム族の村に到着

15:15 さきほどの眺めのいいところから、1時間ちょっとで、本日泊まるカム族の村Hoifyに到着した。
こちらは学校。ラオス カム族の村

80家族が住んでいる村だ。仏教徒でなく、シャーマンを信仰しているらしい。だから、体が悪くなっても、病院に行かず、シャーマンに頼むらしい。ラオス カム族の村

集会場もあった。ラオス カム族の村

トイレは2000kipsの使用料が取られる。これは外国人旅行者向けにつけられたものだろう。トイレは真っ暗のため、懐中電灯があれば便利だろう。ラオス カム族の村

ラオス カム族の村

小さい村なのに、4軒もの店をみつけた。ラオス カム族の村

モン族は14歳くらいから結婚するらしい。この女の子も赤ちゃんを抱えているが、自分の子供なのだろうか。ラオス カム族

ラオス カム族の村

鶏や、豚を家畜としていた。鶏は、朝4時になったら鳴くらしい。ラオス カム族の村

大晦日に大音量を出して、トラックで乗りつけてきた若者たち。ラオスの今風の男の子に、私、ラオス人と間違われてしまった。ラオス人というか、カム族に間違われた?のか・・・(絶句)。下は、登山用のズボン穿いてたんですが・・・。ラオス カム族の村

ホームステイした家。ラオス カム族の村

でも台帳みたいなもの付けていたので、ホテルですね。Maps Me(スマホ地図アプリ)でみても、この村には、ホテルがあるようだった。
宿の食堂。ラオス カム族の村

蚊帳が張られた寝床。布団は2枚あるので、壁は風が通りぬけるが、十分だろう。私は念のためカイロを貼って寝た。思ったより寒くなくて良かった。ラオス カム族の村

ホームステイ先の子供、目がクリっとしてかわいかった。お土産持ってくるのを忘れた。100円均一で画用紙とペンを買って持ってこようと思っていたのに、ツアー予約の状況確認に必死で忘れていたわ。ラオス カム族の村

たばこを吸う宿主。ラオス カム族の村

夕食は、17:40からで、ウリのスープ、竹の子の炒め物とうるち米、美味しかった。ラオス カム族の村

食後、ソンさんの生い立ちの話になった。1時間30分かけて、学校に通っていたらしい。2年目両親が学校のあるところに引っ越したので、通学が楽になったが、グレードが変わって学校を変えることになり、毎朝5時に起き、また2時間かけ学校に通ったらしい。12歳の時にルアンパバーンのおじさんの家で生活。17歳でハイスクールを卒業。大学に行くお金を親に用意してもらう間に奥さんと出会い、結婚したらしい。ホテルのレセプションの仕事をやったりしていたらしい。月給は1百万kipsから2百万kipsに上がったが、ホテルの支配人が客との長話にいい顔をしないため、英語の勉強にならないと思い、ツアー会社に転職したらしい。なかなかの苦労人のようだ。スイス人の子供は16歳か17歳の女子と、14歳の男の子で、英語をできるので、家族の誰かが通訳になるということもなく、会話が弾んだ。そんな小さい頃から英語が理解できていいわね。

モン族は、一夫多妻制。なお同じ姓の人とは、結婚できない。ソンさんの息子と妹の娘は結婚できるが、ソンさんの息子と、弟の娘は結婚できないらしい。

私は、スマホに関しての質問をした。ソンさんは、スマホ(2つSIMが入るやつ)と、携帯の2台持ちだった。スマホはキャリアを使い分けて使っているらしい。携帯は、こんな山岳地帯に入ると電池の持ちがいいので助かると言っていた。

夜になると、本当にあたりは真っ暗で、どこかに灯りがついている家はないのか見に行ったが真っ暗だった。21時に就寝。テレビのついている音がどこからか聞こえてきた。2時くらいに目が覚めた。朝方、すごい雨が降ってきた。トタンの屋根には当たる雨の音は倍増だ。4時には、鶏に起こされるとのことだったが、4時半を過ぎないと鳴き出さなかった。雨のせいかな。6時くらいに顔を洗いに行ったときには、雨が止んでいた。